シンガーソングライター日向文とは?「from」リリース記念ロングインタビュー




こんにちは、のび太(@ababaisme)です。

 

札幌が生んだ奇跡のシンガーソングライター、日向文(ひなたあや)

7月1日にNew Albumをリリースする彼女へ2時間に渡るロングインタビュー取材を行って参りました。

のび太
日向文を知らない?貴様もしやモグリだな?
日向文(ヒナタアヤ)
天使の歌声で「人間」を歌うシンガーソングライター。

◆埼玉にて待ち合わせ

札幌在住の日向文が本州に来ているスケジュールを突いてインタビューへ。

記念すべきリリースインタビューという事なので、小洒落たカフェなどでお話をお伺いする予定でしたが、当日彼女から寄せられたメッセージがこちら。

 

 

そうです、日向文は飢えていたのです。

この腐った世の中にカウンターパンチをぶち込んでやろうという反骨精神

シンプルにお腹が空いていたようです。


黒ごま担々麺を食べていました。(小籠包とごま団子も食べた)

 

という事で、お腹も膨れたところでカフェに移動。

New Albumリリース記念のロングインタビューをご覧下さい。

 

日向文ロングインタビュー

のび太:日向文さん、改めて本日はよろしくお願い致します。

日向文:よろしくお願いします。

のび太:今日のために質問を箇条書きにしていっぱい考えて来ました。

日向文:なんでも聞いてください。

 

日向文の生い立ち

のび太:では誕生の瞬間から振り返って参りましょう。

日向文:誕生日は1994年03月20日、24歳です。身長は154cmです。

のび太:小柄ですよね。

日向文:日本人の平均身長より低いです。大きくなりたかった。

のび太:体重は、、、

日向文:りんご3つ分くらいで。

のび太:それだと某有名キャラとかぶるのでマスクメロン3つ分ってことにしておきましょう。

日向文:高級なメロンだ。

 

幼少期の日向文

のび太:どんな子供だったんですか?

日向文:まず泡を吹いて生まれました。

のび太:どういうこと?

日向文:そのまんまの意味です。でも安産でポンッと生まれたそうで、非常に優秀な子供でした。

のび太:しかし泡は吹いていた、と。

日向文:母親も「子供は泡吹いて生まれてくるんだ」って思ったそうです。でも妹は泡吹いてなかったらしくて、その時におかしかったんだなって気付いたようです。

のび太:健康状態は大丈夫だったんですか?

日向文:元気でしたよ。ただ泡を吹いていただけです。

 

一匹狼の保育園時代

日向文:とても元気だったけど友人がいない保育園時代を送りました。

のび太:一匹オオカミだったんですね。

日向文:「あやちゃん、全然友達と遊ばないんです」って母が先生に相談をされていたらしいです。母も「別にいいんじゃないですか」みたいな感じだったらしいですけどね。

のび太:一人でもたくましく育って欲しかったのでしょう。

日向文:みんなが遊んでるブランコの裏でくるみとか拾ってました。

のび太:陰キャラですね。

日向文:まさしく陰キャラでしたね。この頃だと「人生で初めてこの気持ちに気づいた!」ってエピソードをよく覚えています。

のび太:ほほう。

日向文:プールのために教室で着替えるじゃないですか。その時に女の子たちが「ここで着替えるの恥ずかしい〜」ってやっているのを見て「女ってめんどくせえな」って感情を初めて抱きました5歳でしたね。

のび太:5歳にして女性社会の本質に気付いたんですね。早熟。

日向文:あと妹の大事にしていたネックレスを保育園に持ち出して、ボットン便所に落としちゃったこともありました。どうして持っていったんだと人生初の後悔もこの時です。

のび太:そのネックレスはどうなったんですか?

日向文:「事務員の益子さんに頼んで取ってもらえないかな」と母親に泣きつきました。

のび太:益子さん、便所に手を突っ込むのかわいそう。

日向文:ネックレスは回収できませんでした。

のび太:アーメン・・・。

 

社会不適合だった小学生時代

のび太:小学校ではどんな子供でしたか?

日向文:入学式に手を繋いで登場しなきゃいけなかったんですけど、その時男子に手を繋ぐのを拒まれました。

のび太:いきなり悲しいスタートを切りましたね。

日向文:小2の時には車に轢かれて左脚が砕けます

のび太:悲しい思い出ばかりですね。どうして轢かれちゃったんですか。

日向文:私が友達に続いて道路を渡り、私だけが轢かれました。不注意です。あの時の運転手のお兄さん、本当に申し訳ない。

のび太:・・・さあ、そろそろ良い事が起きても良さそうですね。

日向文:小3では恩師に出会いました。そして私がおかしな子供だというのがバレました。その頃の私は袖を口に突っ込んでいましたね。

のび太:(お腹が空いていたのかな?)

日向文:授業中に歌を歌ったり、踊ったりもしていました。

のび太:完全に社会不適合者ですね。

日向文:それから高学年に上がるに連れて徐々にまともな人間になっていきました。

のび太:ちなみに小学生の頃は学校好きでしたか?

日向文:学校は特に好きでも嫌いでもなかったけど、ちょいちょい休んだりもしてました。ちゃんと親のふりをして学校に電話をしていました。いじめられたりは無かったけど、嫌な事は自分で解決していました

のび太:すげえ子供だな。

日向文:私の家はみんなが遊んでる公園から遠かったので、行きたくなかったんです。だから外で遊んだ記憶はないし、遊びたい奴は私の家に来いって感じでした。

のび太:家では何をしていたんですか?

日向文:夕方の再放送ドラマを見ていましたね。はぐれ刑事純情派とか。

のび太:渋い小学生だったんですね。アニメとかは?

日向文:当時のアニメは見ていました。おジャ魔女どれみとか。

のび太:ピ〜リカピピララポポリナぺぺルト〜♫

日向文:・・・

のび太:すいません。

日向文:CCさくらは衣装も持ってました。

のび太:カードキャプターあやだったんですね。

のび太:読書はする子でしたか?

日向文:児童会館でなるべくエロい漫画を読んでました。おっぱい出てくるやつ。好きな小説は【オンリーミー 私だけを】です。何度も読みました。本は結構読むけどあまり頭に残ってないのが多い。

のび太:おっぱいは僕も好きです。

日向文:初めて好きになった芸能人は笑点の歌丸さんでした(遠い目)

のび太:遠い目をしていますけど、歌丸さんはまだ生きています。

 

協調性の無さを実感した中学生時代

日向文:中学も高校もですけど、1年に10回までは休んでもいいって自分で決めていました。

のび太:もう完全なる自分ルールですね。

日向文:そして家でクラッシュバンディクーかドラクエ8をやっていました。

のび太:僕もやってました。めっちゃ懐かしい・・・。


引用:クラッシュバンディクー

日向文:でも私、プレステ2のメモリーカードの存在をよく分かっていなくて・・・セーブができなかったので毎回「はじめから」でゲームをプレイしていました。だから序盤のステージだけめちゃめちゃ上手いです。

のび太:それは完全にサイコパスですね。

日向文:初めて全クリしたゲームはクラッシュバンディクーでした。

のび太:僕もドラクエではジェシカにエロい服を着せたいがために頑張っていました。

日向文:確かにあれは着せたい。

引用:ドラクエ8

のび太:部活動はやっていましたか?

日向文:3ヶ月だけバスケットをしていました。

のび太:あんまり運動しているイメージがない。

日向文:私、割と動けるんですよ。サッカー以外はなんとなく行けると思います。ただ協調性はない。

のび太:個人的には「俊敏に動く日向文」ってあんまりイメージなかったです。

日向文:俊敏に動くタイプではないかもしれません。でも陸上競技のボール投げで一位になったりしました。

のび太:パワータイプ。

日向文:肩強いんですよね。力で押していくタイプ。

のび太:部活動していないと放課後の時間は結構ヒマだったのでは?

日向文:楽をして高校に行きたかったので委員会活動とかを頑張っていました。

のび太:世渡り上手な中学生だったんですね。

日向文:まあでも10日間は休むんですけどね。

のび太:この頃は友人関係は?

日向文:今でもよく会う友達に出会いました。マブダチです。

のび太:そういう存在が一人でもいると良いですね。

日向文:友達と遊ぶのは好きなんですけど、時間制限があるんですよね。ずーっと一緒にいると疲れちゃうので、一緒にいる時間に限界があります。

のび太:ウルトラマンかな?


引用:ウルトラマン

ウルトラマンは地球では3分間しか活動ができない。オーバーすると、しぼむ。

 

のび太:一人が好きですか?

日向文:望んで一人になる時間は好きですが、強制的な一人は嫌いです。

 

「シンガーソングライター日向文」が生まれた高校生時代

のび太:では、日向文元年とも言える高校の頃のお話を。

日向文:高校には推薦入学しました。

のび太:委員会活動の努力が実ったんですね。

日向文:私は「生活デザイン科」だったのでクラスが3年間同じ、且つ全員女子でした。

のび太:生活デザイン科、女子力が鍛え上げられそうな学科ですね。

日向文:「どこのグループにも属してないけど、誰とでも話せる子」みたいなポジションにいました。特別仲良しな子もいないし、特別嫌な子もいませんでした。でも体育の授業で「二人一組になって」ってやつはすごく嫌でした。相手が見つけられない。

 

初のライブは高2の文化祭

のび太:そんなあやさんの初ステージは?

日向文:まだ日向文ではありませんけど、初めて人前で歌ったのは高校二年生の文化祭ステージでした。一人で歌いました。

のび太:もうその頃から既に一人だったんですね。

日向文:一人でした(笑)

のび太:そういうのって誰かとやりませんか?だいたい学校の文化祭って「俺ギターやるから、お前はドラムやって」みたいな感じで仲間を集めてバンド!みたいなイメージがあるんですけど。

日向文;そういう相手いなかったですね。確かに一人でやってるのは前代未聞だったみたいです。「本当に一人でやるの!?」って言われました。

のび太:初ライブがソロってすげえ根性あると思う。

日向文;その2年生の時の文化祭に出るためにギターを始めましたね。

のび太:1年生の時はステージに立たなかったんですか?

日向文:その入学して初の文化祭ステージが他の人みんなめちゃくちゃ下手っぴで「あ、これいけんな」って思ったんですよ。

のび太:高校2年生で初めて人前で歌って、それが楽しかった・・・と。

日向文;周りが結構ざわついていましたね。「あいつ、急に歌うとか言ってるぞ!」って。先生たちにもけっこう声をかけられました。「あんなことするんだ!」って。

のび太:その初ライブの時からアコギで?

日向文;そうですね、今と同じスタイルでやりました。高2の初ライブはコピーで、オリジナルは閃光ライオット終わってからやるようになりました。

 

閃光ライオット2011にて「日向文」スタート

のび太:閃光ライオットは元から知っていたんですか?

日向文:知りませんでした。高2の頃から「将来は歌って生活したいな」と思っていて、バイトで貯めたお金でボイトレに行っていたんです。その先生に「オーディションに出してみれば?」ってすすめられて、閃光ライオットに応募して・・・って流れですね。それに応募するために「日向文」になりました。

引用:閃光ライオット

閃光ライオット(せんこうライオット)は、SCHOOL OF LOCK!TOKYO FMSony Musicau主催の10代のアーティストのみによる「ティーンネイジロックフェス」。2008年から2014年までの毎年夏に開催されていた。日向文は2011年大会に出場、Zepp仙台でライブをしています。

 

のび太:ライブ活動は以前からしていたんですか?

日向文:閃光が終わってからやるようになりました。ライブもどうやればいいのか分からなかったので、路上で弾いたりしていました。高3の文化祭ではオリジナルをやったような気がします。

のび太:本当に日向文スタートは閃光ライオットだったんですね。その時の周りの反応はどうでしたか?

日向文:みんなが閃光ライオットを知らなかったので「なんかやってるみたいね」くらいでしたね。軽音部とかあったらもうちょっと違ったのかも知れませんけど、ライブしてる知り合いも当時はいなかったです。

のび太:もう日向文歴はおよそ7年くらいなんですね。

日向文:そうですね、長え。

のび太:どんな音楽に影響受けたましたか?

日向文:小さい頃は親の影響で「レベッカ」「大江千里」「岡村靖幸」などを聴いていましたね。Syrup16gを聴いてから「こういう暗いことも歌っていいんだ」と思って徐々に暗くなっていきました(笑)椎名林檎も好きです。ラジオっ子だったのでそれを通して音楽を聴く習慣がありました。

のび太:周囲には音楽活動をしている人がいたんですか?

日向文:いなかったですね。3ヶ月くらいだけピアノを習ったことがありましたけど、ギターは完全に独学です。一人で歌を歌うためには何すればいいのかって考えたら、ギター引き語りかなって思って今に至ります。バンドをやるっていう発想はそもそもなかったです、人を集めなきゃいけないし。二人一組になれないようなヤツがバンドメンバー集めるなんて無理だぞ、と(笑)

のび太:初めて曲を作ったのはいつなんですか?

日向文:「閃光ライオットに応募するために作ろう」ってはじめて作ったのがオリジナルですね。

のび太:当時17歳ですよね・・・恐ろしい子供だ。

日向文:その頃は遺書を書いていた頃ですか?

のび太:そうですね、僕は遺書を書いてました。

関連記事:高校時代に書いた遺書が発見されたので公開します

 

日向文の成長過程

のび太:もともと日向文というアイコン自体が若干謎めいていたように思うんですが、どんな流れで現在に至るのでしょうか。

日向文:ミュージシャンのことを全然知らずに曲を聴いている人もいるし、あんまり知りすぎるのもアレなのかなって当時から思っていました。別に顔出しする必要もないのかな、とか。それこそ一番初期の神様の休日とかドレミの歌を歌っていた頃は、まだブレブレでしたね。白いワンピースで人前で歌ってんじゃねえよって今は思います(笑)曲作りました、聴いてください、くらいの感じで、どういう人に聴いて欲しいとか、目標とかが全然定まっていなかった。

のび太:日向文としてのスタイルが定まっていなかった時期ですね。

日向文:最初の方向性が定まっていない時はライブとかどうしたらいいのか分からなかったし、私の一番嫌いな「女性アーティストだけ集めました」みたいなライブにも出ていました。

のび太:(笑)

日向文:お客さんがアイドルのライブで使うようなウチワとかサイリウムを振っていて「私がしたいのはこれじゃない」と思って、ちょっとずつ方向性が決まって行きました。もう東京に出てライブしようと思いました。札幌に住んでいたけど札幌ではほとんどライブしませんでしたね。

のび太:そこから徐々に日向文らしい感じに?

日向文:意識していたわけじゃないんですよ。でもその頃から、弾き語り配信の時とかけっこうお客さんには厳しかったですね。「顔出ししないの?」ってコメントに「うるせえ」って言っちゃったり。でも最初はいい子ぶってたんですよ、弾き語りのときにちゃんとしなきゃって。元からそんな良い子ではないのに。

のび太:ありますもんね、女性シンガーソングライターのイメージみたいなの。

日向文:そうなろうとしたけど、これじゃないなと思って素に戻った感じですね。素じゃなきゃダメだなって。

のび太:無理しない方向に行った結果が日向文の現在なんですね。

日向文:今はいつでも自然体です。

のび太:新しいアー写(アーティスト写真)も良い感じですよね。あのお面は?

日向文:あのお面は手作りです。けっこう大きくてちゃんと被れるんですよ。

のび太:まさかの自主製作、すごい。とても雰囲気のある写真ですよね。

日向文:あのアー写を撮るために引きこもりから卒業しました。日向文は青い空、白い雲の下でアー写なんて死んでも撮らないので森の中です。

のび太:急に白いワンピ来て青空の下で風船とか持ち始めたらみんな困惑しそう。

日向文:私のアー写って基本的に全部顔が隠れているので、もはや撮影されるのも影武者で良いんじゃないかっていう。

のび太:日向文、ついにアー写撮影を面倒臭がる。

良い感じの新アー写

 

日向文の曲作りは?

のび太:曲作りはどうやっているんですか?

日向文:私は書こうとして書くタイプです。よく聞く「曲が降りてくる」みたいなことはありませんね。ちなみに作詞作曲、同時進行です。

のび太:作り始めたら安産で生み出せますか?

日向文:そうですね、作れないことはあんまりないです。でも私、活動年数に対して曲少ない方だと思うんですよ。ヤル気にならないと曲書けないので、数ヶ月一曲も書かないって期間も普通にあります。「わたしこの1年間に曲書いたっけ?」って慌てて作り始めたりします(笑)いつも書けないことはないんですけど、書き終わるたびにもう曲なんて一生書けねえって思います。アルバムを作り終えるたびに「もうこれが最後だな」って気持ちになっています。

のび太:気持ちとしては毎回ラストアルバムですね。

日向文:毎回ラストアルバムっていいですね。

のび太:活動を重ねていったことで印象的な変化はありますか?

日向文:オール個人経営でやっているので、自ずとコミュニケーションは取るようになりました。業務用メールとかはかなり上手になりました。「お世話になってます、日向文です」みたいな(笑)社交的というか社会に適用できるようになりました。

 

ニューアルバム「from」

 

のび太:2018年7月1日発売のニューアルバム「from」リリースおめでとうございます。事前にデモ音源を聴かせて頂きましたが、まずはシンプルな感想としてめちゃくちゃいいアルバムでした。アルバムを作るときには毎回コンセプトがあるんですか?

日向文:ありがとうございます。「こういうアルバムにしたい」っていうコンセプトは特にないですね。私は昔から「日向文っぽい曲」というイメージに当てはめて曲を書く節があったんです、よく「暗い」とか「黒い」と言われるあのイメージで。でもmacicoとして活動した期間で私は別にどんな曲を歌ってもいいんだって気付いたというか、どんな曲を歌っても好きでいてくれる人は好きでいてくれるのかな、っていう自信がつきました。

のび太:それは感じました。日向文の曲が徐々に優しくなっているというか、良い意味で広がっているのかなと。

日向文:今でも許せない部分はあるんですよ。人に対してとか、ファンに厳しいとか。自分のファンがポイ捨てとかしていたら悲しいじゃないですか。ちゃんとしてほしいというか、健やかに成長してほしいというお母さんみたいな勝手な思いがあります(笑)育てているなんていうのはおこがましいんですけど、自分も含めて素敵な人になりたいよね、って思います。macicoは二人で作っているものだったし、私の一存で日向文みたいなやりとりはできなかったんですけど、それに甘えて変なリプライが来るようになったんですよ。日向文として「何言っても大丈夫だろう」みたいな風潮は嫌なので、徹底的にぶつかっていますね。

のび太:無礼な奴は駆逐していきましょう。

 

日向文:今までは最終的に死ぬみたいな曲多かったんですけど、暗いとか悲しいという感情の最後に「死」だけじゃ無くて希望もあるんだよって歌うようになりました。悲しい気持ちにも色々種類があるし。そういう意味でやっぱり何歌っても良いんだなって思えたのは大きいですね。

のび太:このアルバムの曲は前回のリリースからここまでの1年間で作ったんですか?

日向文:そうですね。札幌に住居を移してから作った曲です。

のび太:北海道産アルバム。

日向文:YES

 

M1「シュノーケル」

のび太:アルバムの一曲目は「シュノーケル」。

日向文:海には行けないから家のベッドの上で泳いでいる、って曲ですね。

のび太:「あの海にはまだ浸かれない」がちょっと意味深。曲の背景を想像して自分の気持ちとリンクさせることができるのは日向文さんの曲の良いところですね。

日向文:へへっ。

のび太:歌詞の中の「魚の目(さかなのめ)」って何だろうなって思ったんですけど、これは・・・?

日向文:死んだ魚の目的な意味です。

のび太:「魚の目(ウオノメ)」かと思って、あの足とかにできる硬いやつ??って思いました。そんなわけねえよなって。日向文がウオノメについて歌うわけない。

日向文:(笑)

のび太:グサっと刺してくる感じがなくていい意味で優しさのある一曲だと思いました。

日向文:あんまり強い言葉を使わなくても良いなって。

 

M2「by」

のび太:2曲目は「by」、この曲は・・・ただ悲しい。

日向文:悲しい(笑)

のび太:「ああ、終わった・・・」って。

日向文:終わった曲ですね。割と最近作った曲で、アルバムのために書きました。

のび太:聞き手側ってどうしても「あ、悲しい曲だ。何か悲しいことがあったのかな」って歌っている人を曲に投影することが多いと思うんですけど、日向文さんは実体験をもとに曲を書きますか?

日向文:けっこう見た映画や本に影響されて曲を書くことが多いんですよね。実体験で書くこともありますよ、勢いで感情のままに作ることもありますけど、だいたい曲にはストーリーがあって主人公の気持ちで書いたりします。日向文の曲は悲しい曲が多いからと言ってわたしがいつも悲しかったというわけではありません(笑)

のび太:今日も電車の中で聴いて来たんですが、この曲はアルバムのなかで一番悲しいですね。悲しいというか、寂しいというか、ストレートに辛辣な言葉は1つもないんですけど、別れの曲としてまざまざと突きつけられる現実を感じました。

日向文:出て行った側としても、出て行かれた側としても聴いてもらえると思います。

のび太:なるほど、確かに!僕はこれ「出て行かれた側」の気持ちで聴いていますね。「言いたいことはそれだけ」って言葉を残されて、うう・・・ってなります。出て行かれた経験とかないんですけど、胸がキュッてなりました。

日向文:終わるときは終わるって曲ですね。

のび太:「ここに気持ちはない」って言い切られて、もうリカバリーのしようがない悲しい状況がイメージできます。名曲ですね。

 

M3「風を乱す」

のび太:3曲目は「風を乱す」

日向文:この曲、どう思いましたか?

のび太:けっこう日向文感を出して来てるなって思いました。

日向文:あ、本当ですか(笑)

のび太:絶望するほど悲しい曲ではないけど、なんか・・・。

日向文:そう、緩やかにだるいっていう。

のび太:緩やかなテンポで進行していきますよね。これはどういう曲なんですか?

日向文:クラスの悪い女の子に憧れているって曲ですね。あんまり目立たない主人公が、ちょっとイケてるクラスメートを思っている。

のび太:僕もそういう気持ちを持ったことのあるメガネ野郎なのでよく分かります。「あの子みたいに飛んでいけたらいいのにね」って歌詞に淡い思いが詰まっていますね。

日向文:感情としては死ぬほど絶望もしていないし、ちょっとだるいくらいの曲ですね。

 

M4「むかし話」

のび太:4曲目の「むかし話」は、犬の曲ですよね?

日向文:そうです!犬です!

のび太:歌詞を聴いていても分かったんですけど、デモ音源だと間奏であずきが「わんわん!」って鳴いてるんですよね。だから「あ、犬の曲だな」って。絶妙なタイミングでSEの役割を果たしてるなと思いました。

日向文:あずきの鳴き声はたまたま鳴かれただけなんですよ(笑)本編では入っていません。

お昼の散歩は気持ち良さそうね。

日向文 hinat(a)yaさん(@aya_hinata)がシェアした投稿 –

あずき↑

のび太:この曲は実体験・・・?

日向文:映画を見て書いた曲ですね。隣の家の犬が飼育放棄されているから町中で助けるっていう話です。わたしのイメージでは金髪の男の子が犬を救出する感じで書きました。

のび太:あやさんは隣の犬を逃してはいないんですね。

日向文:逃していません。

のび太:ストーリー性があってとても面白い曲ですよね。アルバムの中でも箸休め的な効果があるというか、フラットな気持ちで聴いて楽しめる曲だと思います。

日向文:こういう曲をアルバムに入れるというのは挑戦ですね、今までだったら絶対に入れてなかったと思います。日向文こういうのもいけますよ、と。

のび太:いいですね、次回はぜひ猫でお願いします。

 

M5「錆び」

のび太:犬ソングの軽快な流れからのこれですよ。さすが日向文。

日向文:これは暗いですね。

のび太:暗い曲を軽々なリズムに乗せていて、日向文だなと。

日向文:前作収録の「ヒューズ」の次くらいに作った曲ですね。なのでアルバムの中では最初の方にできた曲です。

のび太:日向文のこういう曲が好きな層は確実にいますよね。

日向文:あんまり意識して書いたわけじゃないんですけど、こういうの(暗いイメージのやつ)は常にいるぞ。わたしの中にいるぞって。

のび太:冒頭の「汗水垂らして踏ん張るところを誰かに見られるのが嫌なだけ」という歌詞すごく刺さりました。わかります。休みなく一気に歌い切る流れもとてもいいです。

日向文:はい、この曲は息継ぎができません。

 

M6「攫ってくれよ」

のび太:そしてアルバムを締めくくる「攫ってくれよ」。

日向文:曲調は割と穏やかですね。絶対にそうやって聴いて欲しいというのは無いんですけど、イメージは養護施設です。

のび太:心地よい子守唄のようなメロディに、冒頭の「寄せ集めの木々たちで作った」から始まるややシリアスな歌詞が特徴ですね。

日向文:歌詞にもあるんですけど、誰かの不幸の上に自分たちの幸せは立っているって考えを膨らませていきました。今自分は幸せなのかな、とかそういうことも考えたりしました。そもそも「わたしの美しい友達よ」って言葉を入れたくて作った曲です。印象的な一節、それこそツイッターのプロフィールに載せたいような一言を核として、そこに肉付けしていきました。

のび太:その一言から広げていったんですね。たしかにサビの「わたしの美しい友達よ」はかなり印象に残ります。エンディングの役割を果たす曲として、すごく良い締め方だなと思いました。ここまでの流れが全体を通してスッと聴けるというか、聴きやすいアルバムですよね。一曲一曲を聞くたびになにか思うところがあって、聴いた側が思い思いの自分の回想をするんじゃないかなと思います。

日向文:ありがというございます。かなり聴きやすいアルバムになりました。自信あり。

のび太:今回のインタビューにあたってかつての日向文の曲も聴いて来たんですけど、いい意味で優しくなったというか。日向文の鋭さはあるんですけど、見せ方が変わって来たような印象を受けました。

日向文:こうしなきゃいけない、こうしなきゃこれからも聴いてもらえないって考えがあったんですけど、「聴いてくれる人はちゃんと聴いてくれる」って変な自信がついたからできたアルバムですね。グサッと刺すにしても、昔はナイフだったのが今はマチ針くらいになったのかもしれません。良いアルバムになったので聴いてくださると嬉しいです。

 

日向文release tour 【攫ってくれよ2018】7月スタート

のび太:7月からはリリースツアーが始まりますね。

日向文:ありがとうございます。楽しみです。

のび太:意気込みは?

日向文:体調管理に気をつけたいです。荷物や機材運搬を一人でするので。

のび太:そうか、かなりの大荷物になりますね。

日向文:自分の体に優しいツアー行程を組見ました、頑張ります!初めてのツアーの時は初日で喉を壊したので。

のび太:心が折れそう。

日向文:あの時は絶望でしたが今はもう大丈夫です。

のび太:今後ツアーで行ってみたい場所はありますか?

日向文:金沢とか、香川に行きたいです。

のび太:それでは今回のアルバムについて、最後に一言お願いします。

日向文:日向文がこれからも聴きたい!と思ってくれる人はぜひライブにお越し下さい。

のび太:今日はありがとうございました!

日向文:ありがとうございました!

 

こうして日向文は雪国へと帰っていったーーーーーーー。

 

 

 

 

以上、アルバムよりも日向文さんの半生についての方が長いロングインタビューでした。

ライブハウスで生の日向文を聴けるチャンスがもうすぐやって来ます。チェック!!

 

 

 

それでは、また!

 

 

 




ABOUTこの記事をかいた人

トラベルライター&ブロガー。旅行会社で副店長の順風満帆な生活をぶん投げて、大冒険の日々を送っています。26歳。最近は体型がジャイアンに近付いていることに危機感を感じている。