【自己紹介】のび太のプロフィール




こんにちは、のび太(@ababaisme)です。

ぼくの人生ざっくりとこの記事にまとめました。

これを読んだらのび太の8割は把握できる、そんな感じになっています。

のび太って誰?何やってんの?

1992年茨城県生まれ/高校卒業まで地元で暮らし、それから上京/6年の東京暮らしを経て、現在は茨城県在住。

旅行会社で働いていましたが十分サラリーマンを堪能したので退職しました。2018年5月にフリーランスとして独立。

現在は「のび太」として当ブログや「小説執筆」、楽曲制作をメインに活動しています。めちゃくちゃ狭い範囲にフォーカスした地元メディアも運営中。

『自分の中に湧き出たものは出来るだけ全て具現化しておこう』という心情のもと、包み隠さず日々のあれこれを発信しています。

常に輪の中心にいた小学生時代

田舎者なので近所のおじいちゃん、おばあちゃんに可愛がられまくった結果、まったく人見知りをしない子供に育ちました。

通知表はいつも高評価。「誰とでも友達になれる元気で真面目な生徒」っていういわゆる優等生キャラ。男友達も女友達もたくさんいたし、学校では常に輪の中心にいるような生徒でした。

当然だろうけどこの時代が一番遊びまくっていた。

虫取り、野球、ドッジボール、それに「ポケモン」「スマブラ」「遊戯王カード」とか、ぼくらの世代でムーブメントを巻き起こした系のやつは大体かじっているんじゃないかと思う。

未だに実況動画観たり実家でニンテンドー64やったりします。マジで遊びまくっていた。

足はそんなに早くなかったけど勉強はまあまあ出来たし、小学生時代の自分はイケてたんじゃないか?と自画自賛している。

たまに異世界に飛んだりしていたけどね。

異世界に行った事があります

昔から「ドラえもん」が大好きだった

ぼくは物心ついた頃からアニメやヒーローが大好きでした。

小さい頃から絵本をめちゃくちゃ買ってもらっていて読書が大好き、その興味の対象が絵本→漫画→小説と大人になるにつれて広くなっていきました。

両親は全然本を読まないのにどうして息子に絵本を買い与えたのか、未だによく分からない。

とにかくそうして小さい頃から「物語」に触れる機会が多かった。

ウルトラマン、ヒーロー戦隊、クレヨンしんちゃん。中でも特に大好きだったのがドラえもん

個性豊かな子供たちと不思議なひみつ道具のお話。あんなもん欲しくなるに決まってますやん。タケコプターもどこでもドアも、なんならドラえもん要らないから四次元ポケットだけでも手に入れてえなって思いながら夢中になって漫画読んだりアニメ観たりしてました。

ドラえもん、スネ夫、ジャイアン、しずかちゃん。当時小学生だった自分と重ねて観ている部分もあったので、本当にみんなのことを自分の友達のように思っていました。

特にのび太くんですよね。

のび太くん感がある。

パッとしない見た目、ダラしなくて怠け者、お母さんに怒られてばかり、そしてメガネをかけている。

「おいおい、俺かよ」

って、他人だとは思えないくらい感情移入していました。

うちにはいつ頃ドラえもんが来てくれるんだろうな〜ってずっと待ってた。

一番大きい机の引き出しはドラえもんが来たらタイムマシンの入り口になっちゃうので、そこにだけは物を入れないようにしてたの・・・。子供らしくてめちゃくちゃかわいくない?!

厨二病を発症した中学生時代

小学校を卒業すると、これまでとは空気感の違う中学生活が始まりました。

ぼくは相変わらず明るくてお調子者でしたが、グループ同士の派閥争いや色恋沙汰、教師との対立、進路の問題。

そんな思春期特有の流れってあるじゃないですか。そういうコミュニティが乱立するのを呆然と眺めながら、ぼくは少しずつ現実というやつを知っていきます。

「俺もこうやって大人になっていくのか」と厨二病っぽいことを考えていた気がする。

  • 家でかめはめ波の練習してた
  • 授業中にテロリストとか来たらどうやって倒そうかとか考えて
  • 「バトルロワイヤル」に影響されて、修学旅行中のバスで眠らないように気をつけてた。

とにかくひどい厨二病を患っていたけど、あんまり外には出していなかったので助かった。

そして極めつけは、ヤンキーが怖すぎる問題。

やっぱり中学生くらいのお年頃ってヤンキーに憧れるじゃないですか。そうやって漫画か何かに感化されたヤンキーにめっちゃ絡まれる地獄の日々。

ぼく生徒会長やってたので、そういうのもあって隣の中学のヤンキーがめちゃくちゃ怖かった。卓球部部長の非力メガネが勝てるわけないじゃん。

恋愛あり、友情あり、ヤンキーありの多忙な中学生時代を送りました。

「出る杭は打たれる」を痛感した高校生時代

この頃からずーっとギター弾いてる。飽き性なのに。

目立ちたがりでお調子者だった僕は高校でも生徒会長をしました。

バンドも組んでギターボーカルやったし、なんなら全国模試で一位取るほど勉強もしていました。冷静に考えたらけっこうすごいですよね。バカ高校だったから校内偏差値が100を越えてましたもん。いやー優越感すごかったわ。

でもそうやって目立つと必ずアンチが沸くんですよね〜〜。

話したこともないし何なら1ミリも関わったことないヤツに「気にくわない」とか「調子に乗ってる」とか言われるんですよ。うぜえ〜〜〜死んでくれや〜〜〜。

まあ確かに調子に乗ってたことは認めるけど。

なーんにも悪いことしてないのに。むしろ生徒会で文化祭とか体育祭とかすごい貢献してるのに!「なんとなく声が気に入らない」とか「顔がムカつく」とか。もうね、どうしろと。

それも堂々と言ってもらえればこっちも対抗する余地ありますけど、だいたい陰口なんですよね。

あとそうやってオラついてる連中ってグループなの。しかもケンカする度胸はないから遠くの方からバカにしてくるの。マジでうぜえ〜〜〜これは精神的に参りました。一時期は廊下を歩くのも嫌だったもん。

頼れる友達がいた事がめちゃくちゃ大きかったですね。その存在がなければ僕は絶対に折れていたと思います。友達はマジで大切。ここで生涯の友達が何人もできましたし、今でも飯食ったり遊びに行ったりしてる。本当に好きやねん。

ザコどものさえずり声なんて気にする価値ない

僕はここで「出る杭は打たれる」を実感しました。

所属するコミュニティが大きくなるに連れて「目立つことによる影響は必ずしも良い方にはいかない」という現実を理解しました。早かったな〜〜。SNSとか全然流行ってなかったのに。

まあでもこの歳でザコどもからの嫉妬を浴びていてよかったなあと思います。あいつら完全に脇役ですもん。こっちは生徒会長で成績優秀でギターも弾けるスーパー主人公やん?お前らなんかショッカーの1人くらいにしか見えてねえよ。

アンチは目立つけど、自分には味方をしてくれる人もめちゃくちゃたくさんいました。

つーかそっち9割アンチ1割くらいの比率だったんだろうなあと今では思う(当時は余裕がなかったから半分くらい的だと思ってた)

人の悪口ばかりで自分の人生放棄しているようなザコの声に負けている場合じゃない。主人公は俺だ。そんな突き抜けた謎の自信を手に入れられたのは、あの頃があったから何でしょう。ありがとうザコのみなさん、元気してますか?

なお主人公だったはずのぼくですが一切モテませんでした。

自堕落でめちゃくちゃに楽しかった専門学生時代

高校を卒業してからは、東京での一人暮らしが始まりました。

親の目もなく、完全なる自由を手にした僕は、それはもうダラけきった日々を過ごします。

ただめちゃくちゃ楽しかった。

ほぼ男子校みたいなノリで男友達ばっかりと一緒にスタジオ入ったり、ラーメン食べに行ったり、遊びに行ったり、みんなでせっまい部屋に集まってホラー映画を観たり。

これこそ青春ってやつじゃね!?って。男子校って絶対面白くないじゃんって思っていたけど、こんな生活が続くなら男子校って最高じゃん!とさえ思った。

この時ぼくが住んでいたのは八王子みなみ野っていう横浜線沿いのニュータウンだったんですけど、ここがまあ綺麗で美しい町だったんですよ。ここでぼくは「夜の散歩」という一生の趣味を獲得しました。

夜の散歩がいまの僕を形成している

気づいたら大人になっていた

そうしてあっという間に時は過ぎ、気づいたら成人していました。

成人式はびっくりするほどつまらなかったです。同窓会も15分で離脱しました。

なんか地元は地元でコミュニティが形成されていて、東京に上京していた自分はどこのコミュニティにも属せていなかったんですよね。だからつまんなかったんだろうなと思う。

あとは単純にぼくが以前と比べて人見知りになっていて、久しぶりに会ったそれほど親しくもない同級生に対する接し方がイマイチ掴めなかったのも原因なんでしょう。

率先して誰かに話しかけるとかダルくて仕方なかった。あの時はマジでクソおもんなかったって記憶しかないです。

空白の時間を気にせずに話せる友達なんてのはそう多くないんだってのを痛感した日でもありますね。だからこそ、今も当時のように大騒ぎできる友達のことは大切にしたいと強く思う。

こうして気づいたら大人になっていたぼくは、子供の頃は確かに持っていたはずの社交性を無くしていました。

「面白い・面白くない」という基準が自分の中に生まれて、面白くない方に関しては全力で面倒臭がるようになっていた。だって面白くないんだもん。

嫌なことでも無理して楽しもうとしたり、楽しんでいるふりをするのが、絶望的に無理な人間に成長していました。

きっと上京して好き勝手な2年間を過ごして、嫌なことはしない、楽しいことだけやっていた期間がぼくをそうさせたんだろうなと思います。

やばい・・・これからサラリーマンになるのに・・・。

このままでいいのか?

学校卒業後、営業職として就職。全国各地を飛び回り、日本中でiPadを売りまくりました。

そこで3年ほど勤めた後、住まいの関係で引っ越して旅行会社へと転職します。思えばめちゃくちゃ狭き門である旅行会社にあっさり転職できたこと自体、かなり運が良かったんですよね。

海外経験たった1回の僕がハッタリで倍率40倍の旅行会社に入社した話

大企業が故の動きにくさや意見の通りにくさにイライラすることも多々ありましたが、職場の人たちがマジでいい人ばっかり。仕事面でも異例の早さで副店長を任せてもらい、色々な経験をさせて頂きました。

はたからみたら順風満帆に見えたんじゃないかな〜と思います。

でも、なんか面白くなかった。

毎日それなりに楽しかったし、公私ともに安定していました。でも、マイナスではないけれど、そこまでプラスだったわけでもないんですよ。やばい!!楽しい!!うおおおお!!とかそういうものでは決してない。

そして、ぶっちゃけ先が見えなかった。

上司を見て「こんな働きづめの人生は無理・・・っていうか嫌だな」と思っていました。

「ドラマチックな人生を送りたい」とずっと思っていた

25歳になっても、ぼくは未だに「いつか映画みたいなすっげえ何かが起きて、その渦中に自分はいて、すっげえことになりたい」ってそんな非日常を求めていたんですよね。

ドラマチックに生きたい

小さい頃から本読んだり映画観たりして、そういうドラマチックな世界にめちゃくちゃ強い憧れを抱いていました。

映画になるような人生を送りたいって真面目に思ってた。今も思ってる。

でもやっぱりそんな映画みたいな話は、映画の中でしか起こらないんですよ。

  • 会社に務めて
  • たまに文句を言いながら仕事をして
  • たまの休みには好きな映画を見て
  • 年に何回かは大好きな海外旅行に出かけて
  • でも行きたい国を回るには全然時間が足りず
  • そうやってなんとなく30歳、40歳、50歳と年老いていく

この生活はせいぜいこんな流れだなーと。

今の状態を繰り返しているだけじゃそんなドラマチックなことは起こりそうもない。

・・・あれ、そんなんでもう終わりなんだ。

そんなモヤモヤしたものを頭のどこかに抱えながら2017年の夏になりました。

ぼくはずっとずっと「のび太くん」になりたかった

そんな折、築40年越えで限界が来ていた実家を新築にすることが決まりました。

実家の部屋を片付けに帰省。

中学〜高校の多感な6年間を過ごした僕の大切な居場所です。昔もらったラブレターとか、小説を書いていた時に使っていたプロットノートとか、とにかく懐かしいものが色々と出てきます。ここには自分の歴史が詰まっていたんだなあ〜、なんてノスタルジックな気持ちにもなりますよね。

そこで、懐かしのコミックスを手にしました。

それが「大長編版ドラえもん」。

映画版のお話が収録されているコミックスです。

思えば上京してからもう7年、ドラえもんの漫画を読む機会も随分と減っていました。昔は毎日のように読んでいたな〜と、そんな懐かしい思いで読み始めたドラえもん。気付いたら映画1作目から25作目まで、休みなく一気に読んでた。

そこで、僕は長年ずーっとうちに秘めていた思いにようやく気がつきます。

自分はのび太くんになりたかったんだなあ。

いや、マジで。

僕が特に大好きだったのが「大長編ドラえもん のび太の〇〇」

毎年上映しているドラえもんの映画シリーズです。

普段はあくまでも日常生活の中でひみつ道具を使い、だいたい最後には失敗しちゃうのび太くん。そんな彼が大長編ではとんでもない大冒険をするんです。その舞台は太古の地球だったり、深海だったり雲の上だったり、はたまた宇宙だったり・・・。

息をもつかせぬ大冒険にぼくは子どもの頃からずーっと惹かれていました。

「バミューダトライアングルすごい!」

「ヘビースモーカーズフォレストって実在するの!?」

「いつか自分もこんな大冒険がしてみたい!!」

そんな風に目をキラッキラに輝かせていたんですよね。当時は友達の誰を連れて行こうかノートに書き出すくらいマジだったんだもん。

思えば、僕が旅をすることが好きで、知らない場所に行く度にドキドキワクワクして、挙げ句の果てに旅行会社で働くまでに至った理由。それは、子供の頃から見ていたのび太くんの大冒険があったからなのかもしれません。

のび太くんってすごいドラマチックじゃないですか。

本来ならばしずちゃんとは結婚できず、借金を背負い、末代にまで迷惑をかけるような悲しい人生が待っていた。そこにドラえもんが現れることでひみつ道具を手にして、失敗を繰り返しながら自分の未来をいい方向へと変えていく。時には大冒険に出て大きく成長する。まさにドラマチックな人生。のび太のくせに!!

ドラマチックに、生きていく。

ぼくの行動原理を突き詰めてたどっていくと、全てがこの『ドラマチックに生きたい』に繋がります。

文章を書くのも、曲を作るのも、旅をするのも、面白いと思ったことを始めるのも、全てはその先でドラマチックな何かが待っているような気がしてならないから。

いつだって物語の中のような人生を送りたい。ドラマチックに生きたい。いつでもどこかでカメラが回っているかのような、そんな生活の中に身を置いていたい。そのためにぼくはフリーランスとして生活をすることを決意しました。

大人になって「できるかできないか」でものごとを語るようになっているような気がしたんです。

中途半端に知ってることが増え、現実という名の社会を突きつけられて、自分の中にあった「あれしたい、これしたい」がだんだんと光を失っていく。

あ、だから面白くねえんだと。

結局、僕の机の引き出しはタイムマシンには繋がりませんでした。

ドラえもんはいません。ひみつ道具もありません。

だから雲の王国や、太古の日本には行けません。

でも世界中の知らない国、知らない場所には僕だって冒険に行くことができます。

全ての子どもたちが昔はのび太やジャイアン、スネ夫、しずかちゃんと同級生で友達だったと思うんです。

少なくとも僕はあの頃、確かにのび太くんでした。

もうここにドラえもんはいないけど、一人でもやれるってことを証明したい。

のび太(26歳)、大冒険をします。

やったるで!!

のび太のSNS

のび太
フォローよろしくお願いします!

TwitterInstagramfacebook

LINE@も週1〜で発信しています!!

お問い合わせはこちら

各種SNSからのご連絡も承りますのでお気軽にご連絡ください!!

最後まで読んでくださってありがとうございました!

それでは、また!!




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

ABOUTこの記事をかいた人

トラベルライター&ブロガー。旅行会社で副店長の順風満帆な生活をぶん投げて、大冒険の日々を送っています。26歳。最近は体型がジャイアンに近付いていることに危機感を感じている。