高校時代に書いた遺書が発見されたので公開します




こんにちは、のび太(@ababaisme)です。

 

僕は茨城出身の田舎者です。

今でこそ旅行会社に勤め月一でプライベート貧乏旅に出かけていますが、うちの父と母はもっぱらインドア派。地元から出たら死ぬ病にでもかかってるの?ってくらい遠出しません。

その為、家族旅行では何故か栃木県那須塩原市にしか出掛けないという謎の風習をもっていました(家から車で3時間くらい)

僕は幼少期に遠出をした事がありませんでした。

 

初めて空を飛んだあの日

そんな僕が始めて飛行機に乗ったのは高校二年生の修学旅行。

初めて飛行機に乗って空を飛ぶ。その事実に対して僕は死ぬほど怯えていました。

「いや飛行機落ちたら死ぬじゃん」

この恐怖はけっこう深刻でした。

ちなみに中学生の時にはバトルロワイヤルにハマっていた為、修学旅行に行くはずが無人島に連れて行かれ「今から皆さんには殺し合いをしてもらいます」と言われるんじゃないかと恐れていました。

クソほどバカだったんですね。

でもバトルロワイヤルが怖い→飛行機が怖いに成長したことは高く評価して頂きたいです。
現実的になってきた感ある。

「さすがに飛行機が落ちるわけねえじゃん!バカじゃん!」とは自分でも思いつつも、実際のところそんなのは分かりません。

「このフライトは落ちるかもしれません」とか乗る前にアナウンスないし(当たり前)飛行機が落ちる時は誰も落ちることなんて知りませんから。

っつーわけで、僕はWindows vistaというゴミPCを使って、もしも死んだ時のための遺書を書き残したのです。

こういうのを黒歴史って言うんですよね。

 

年末の掃除で発掘されてしまった遺書

なぜ急にこんな事を言い始めたのか・・。

別に死にたいとかそういうのじゃありません。

実は昔のPCの中身をあさっていたところ、なんとその時に書いたワードデータが発見されたのです。今回は当時16歳の僕が修学旅行の為に書き残した遺書を原文のままご紹介します。

 

こんなもん見せて何になるのかというと何にもならないんですけど、なんか面白かったからみんなにも見て欲しい。

くそ恥ずかしいこと書いてあってヤバイです。

遺書を書きたいなと思っている10代はぜひ参考にして下さい。

そしてもしも悩み事があるなら相談に乗るので連絡して下さい。よろしくお願い致します。では僕の黒歴史をどうぞ。

遺書全文

遺書

この手紙が読まれているという事は、自分はもうこの世にいないでしょう。

僕は修学旅行で北海道に行く途中か或いは帰路にて飛行機の墜落が原因でもう既に死んでいる事と思います。
北海道で美味い飯が食えてから死ぬならまだしも、羽田を出てすぐに死んだのだとしたら最悪です。

死んでしまう前に16年間の人生を振り返ってみました。

改めて考えてみると、とても良い人生でした。
大した事のない自分ですがいつも周りが大騒ぎをしてくれ、とても幸せな一生となりました。

甘やかされて育ったわりには負けず嫌いな性格になりました。
でも悔しがっている姿は隠すのがかっこいいと思っていて、いつかどうにかぶちかましてやろうと暗躍していました。
その甲斐あってこの間のテストでは学年1位になりました。
でも、もっとなんか凄いことをやりたかったです。悔しいです。

将来やりたいこともなく、進学したい大学もなく、本当に何となくで生きていましたが楽しかったです。
俺はいつか何者かになるんだと思っていましたが、何者かになる前に死にました。ナンマイダー。

 

ーー閑話休題ーー

自分は友人関係には本当に恵まれていて周りにはいい奴しかいませんでした。
そんな友人の大半は僕とともに海の藻屑となっていると思いますが、
もし生きている奴がいた時のことを考えてここに感謝の言葉を残しておきます。
今まで本当にありがとう。
友達のみんなのお陰で俺はなんとか生きていられたよ。もう死んだけどな。

あとこれ書き始めて思ったんだけど、これ普通に友達とか好きな子に対して遺書を残したとしても、
みんな修学旅行一緒に行ってるから大体全員死んでるよね。
そう思うとあんまり書くことないかもしれないなと思い始めました。意味なくね?

 

とりあえず死んだ時点で僕が好きだったものを書いておきます。

〇〇〇〇(当時好きだった子)
逢坂大河
the pillows
BUMP OF CHICHEN
RADWIMPS
アジカン

海外旅行に行きたかった。
あと、京都に住んでみたかったです。
いつか自分の曲を作ってカラオケとかに入ってるその歌を人前で歌って、調子に乗ったりしたかったです。
モテたかったです。

それと一つ懺悔します。
1年の時に〇〇(当時付き合ってた彼女、クソ美人)と付き合ってて調子に乗っていましたが、
えっちなことはしていません。
童貞卒業したとか調子こいててすいませんでした。嘘でした。童貞のまま死にました。

この流れで言うけど部屋のクローゼットにあるエロ本は友達から預かっといてくれって言われただけで、俺が買ったものではありません。
これはマジです。妹がいるのに妹モノのエロ本とか読むわけない。キショイ。
それを俺に任せた奴もきっと同じ飛行機で死んでるので、エロ本は全部燃やして下さい。よろしくお願いします。

 

最後に家族のみんなへ。

また一人欠けますが、あんまり落ち込まずに頑張って下さい。
一足先におじちゃんに会いにあの世へ行ってきます。
死ぬほうよりも残されるほうがつらくて大変だなというのは俺もおじちゃんの時に身をもって思い知ったので、
そこはなんとか頑張って下さい。特におばちゃん、落ち込み過ぎないでね。
これを書きながら思うんだけど、死ぬほうは生き残るほうよりもけっこう潔い気持ちなのかもしれない。いや分かんないけど。
俺の漫画とかギターは売っちゃって大丈夫なので整理整頓よろしく。
みんな喧嘩しないで仲良くやって下さいね、今までありがとうございました。

 

あと、やっぱり〇〇へ(当時好きだった子)

付き合うことは出来なかったけど本当に好きでした。
また一緒にカラオケ行きたかった。
生まれ変わったら超イケメンになるかもしれないので、その時はよろしくお願いします。好きです!

 

飛行機でしんだら死体とかなさそうだけどお葬式やる時にはthe pillowsの曲を流してね。

思ったより書くこと無かったけど、こんな感じでおしまいです。

それでは、さようなら。

 

 

今読んでみて思うこと

いかがでしたでしょうか。

クッソ寒くないですか???赤ペンで添削してやりたいくらいですよ。

まさかこんな代物を書いてから10年も経ってから読むことになるなんて当時のアホ高校生だった俺は想像もしていませんでしたからね。

 

1,二次元の話を遺書でするな

とりあえず好きだった女の子の次にアニメキャラの名前を書いている件に関して小一時間問い詰めてやりたい。

逢坂大河って!!



引用:とらドラ!

好きだったとしても遺書に書くことじゃねえよ。

 

2,藤原基央に謝れ

BUMP OF CHICHENってなんだよ。
バンプオブチチェンってなんだよ。

BUMP OF CHICKENだからな!!!!
オーイェーアハーン!!!!

関連記事:BUMPのオーイエーアハーンについて熱く語る


銀河鉄道とか夢の飼い主とか、B面わりと好きです。

 

3,さりげなくテストの成績をアピールするな

テストで1番とったとか小学生みたいな事言ってますやん。

遺書と見せかけてちょっと自慢してるあたりに小物感ありますよね。

この後、遺書に書いてある当時好きだった女の子にふられて死ぬほどガリ勉しまくるようになるのはもう少し先の話である・・・。

 

4,お前は10年後の今でもまだ何者でもない

【俺はいつか何者かになるんだと思っていましたが、何者かになる前に死にました】
→お前、2017年が終わりかけてるけどまだ何者でもないから

強いて言えば副店長として表彰とか結構されてるよ。わりと頑張ってるよ(未だにちょっと自慢するあたりに小物感ありますよね)

「海兵その1」みたいな立ち位置から抜け出したい。

 

5,遺書の途中で閑話休題するな

西尾維新だいすき人間だからな、お前は。
すぐそうやってかっこいい四字熟語を使いたがるんじゃない。

引用;戯言だけどね

 

6,下ネタはダメじゃない?

急に童貞とかエロ本とか書くなよ。これ本当に読まれた時の事考えながら書いたの?

絶対これ眠い時に書いたと思う、だって普通こんなバカなこと書かなくない?

あんまりダメ出しばかりだとよくないので良かった点も書いておきます。
僕は褒められて伸びるタイプなので。

 

7,自分の曲がカラオケに入ったぞ!

やったな。1番無理そうだったやつがちゃっかり叶ってるぞ!

でもモテないから。

 

8,今とあんまり文章の感じ変わらないね

これは当時からそこそこ落ち着いた文章を書いていたのか、俺が当時から進歩していないのか。。。どちらだろう。

この頃から小説とか書いてたからもう今の文章の土台が出来上がっていたのかもしれないですね。あと今よりなんか丁寧な気がする。言葉遣いとか。若さがある。

思ったより読みやすかったです。遺書としてはウンコだったけど。

 

9、無事に生きて帰れてよかったね

もはや遺書関係ないけど無事に帰れてよかった。

ちなみに北海道修学旅行はけっこう楽しかった記憶があります。

いつも一緒にいるみんなといつもと違う場所に行くのって楽しいよね。遠出をほとんどしたことがない僕にとって、初めての飛行機、初めての北海道はかなり衝撃的だったと思います。

 

ちなみに16歳で初めて飛行機に乗って、次にまた空を飛んだのは19歳の時でした。

当時まだ何にも話題になっていなかったですが「軍艦島ってところに行こうぜ!!」つって友達の倉持くんと2人で長崎へ出かけた時のことを思い出します。

ジャージで出掛けて死ぬほど寒かったのを覚えています。3泊漫喫でした。

 

 

 

まあそんなわけでなんちゃって遺書でした(雑)

本気で掃除すると懐かしいものたくさん見つかって面白いですね。

遺書って書くことによって「あ、まだ死にたくねえな」ってリアルに感じられるので一生に一度くらいは書いてみることをオススメします。

人生が嫌になって書く時の遺書は、僕は経験がないからよく分かりません。

皆さんもし機会がありましたら、ぜひ前向きな遺書を書きましょうね。

 

 

それでは、まだ!




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ABOUTこの記事をかいた人

トラベルライター&ブロガー。旅行会社で副店長の順風満帆な生活をぶん投げて、大冒険の日々を送っています。26歳。最近は体型がジャイアンに近付いていることに危機感を感じている。