ドラマチックに生きたい




こんにちは、のび太(@ababaisme)です。

 

みなさん将来の夢ってありましたか?

今もありますか?追いかけていますか?

 

ぼくには漠然とした「こんな風になりたいなあ」が昔からあって、

だけどそれは職業ではないのであまり明確に言葉にしたことがありませんでした。

 

最近まで、どうやったらそうなれるのかイマイチ分かっていなかったんですけど、

ちょっとずつ「こうしたらいいのかな」って掴めてきたので、

今日はそんな話をします。

 

「ドラマチックに生きたい」

子供の頃から抱いていた漠然とした願望を言葉に落とし込んだ時に

最もニュアンスが近いなと思ったのがこれです。

「ドラマチックに生きたい」

 

小さい頃から漫画・映画・ドラマとか「物語」が大好きで、

とにかく「お話の中のような日々を過ごしたい」ってずーっと思っていました。

「仮面ライダーになりたい」とか「プリキュアになりたい」とか

子供の頃ってそういうこと思うじゃないですか?

でもぼくは大人になればなるほど「もっとドラマチックに生きたい」という気持ちは強くなっていきました。

 

ヒーローになりたかった少年時代

最初は「ウルトラマン」とか「仮面ライダー」みたいなヒーローに憧れて、

だけど現実には怪獣も悪の組織もいないということにやがて気付きます。

「ウルトラマンになりたい!」って本気で言ってたのは幼稚園くらいまで。

もちろんなれるもんなら今からでもなりたいですよ?

怪獣がいないから、ただのでかいニートですけどね。

 

そのあとはハリーポッターにどハマりしました。

「魔法」という言葉に胸ときめかない子供なんています?いませんよね。

「今までただの子供だったのに、実は自分が魔法使いだった」なんて入り方されたら、

そりゃあもう自己投影してどハマりするに決まってるやん!!

ぼくは小学生の時にハリーポッターで登場する魔法を暗記詠唱できるくらいに家で魔法の練習をしました。

結果、クラスの女の子に「こわっ・・・」って言われたのもいい思い出です。

 

「天空の城ラピュタ」もバカみたいに観ていた。

「ある日空から女の子が降ってきた」とか、やばくないですか??

めちゃくちゃドキドキする、今でもドキドキする。

最後にラピュタが上空高くへといってしまって、

みんなとお別れするエンドロールのシーンとかもうさあ・・・

「え、終わるの?ここまで俺を盛り上げといて終わるの?」みたいな。

 

極め付けは大長編ドラえもん。

もうドラえもんに関しては全部の映画を10回以上は観てますね。

いつもの日常編とのギャップが最高に良いんです。

だっていつも空き地とかのび太くんの部屋しか出てこないのに

急に異世界とか宇宙とかで未知の冒険をし始めるんですよ!?

しかもなんの特殊能力もない小学生たちが!!そんなん自己投影しますやん!!

 

とにかくぼくはこういうファンタジーが大好きでした。

・・・とは言え、それを本気で目指すのは小学生くらいまでじゃないですか。

「じゃあここで終わったのか」と言われると、そうではありません。

 

現実感のある物語にハマる

憧れの対象は「現実的にありえないファンタジー」から「ありそうなドラマ」へと代わります。

例えば「鍵泥棒のメソッド」なんてもう10回以上観ている。

「ある日、殺し屋と入れ替わった」とか最高に上がりませんか??

痛快で、その上後味も良くて、観終わるたびに

「ああこんな面白いことが起きないかなあ」なんて思ってしまう。

 

現実味のあるジブリ作品の面白さが分かったのも高校生くらいだったかなあ。

いやいやいや俺もバイオリン作ろうかな!?!?って思いますやん。

自転車で坂道を登りてえな!?!?ってなりますやん。

 

あとは絶対に同じ状況にはなりたくないけど「ゴールデンスランバー」とか最高。

なーんもしてないのに首相暗殺犯に仕立て上げられて全国指名手配。

でも友人や家族、味方してくれるの。

これ今予告編観ただけで今泣いてる。みんなにも観てほしい。

 

こういう日常が急に非日常になっていく物語がとても大好きで。

映画として切りとられた部分の外では、

主人公たちもきっと平凡な暮らしを送っているんだろうなあなんて考えると

余計に「だったら俺にもいつかこんなドラマチックな瞬間、あるだろうか」って思う。

 

特に青春と呼ばれるティーンエイジの若い青臭い時期。

ぼくは異様なまでに「非日常」に憧れていました。

「とんでもない事件が起きて、すごくドラマチックなストーリーが始まるんじゃないか」って。

そんな展開を呼び込むためにぼくは結構必死になっていました。

 

ちなみに学生の頃によくある「将来の夢書かされる」みたいな授業の時は

なりたい職業がなさすぎて「サラリーマン」って書いてました。

周りの「サッカー選手」「野球選手」みたいなクラスメートから超バカにされたの覚えてる。

今はそんなぼくが自由業で彼らはみんなサラリーマンですね。

ハハッ(煽り)

 

頑張った結果の、クソみたいな現実

ぼくはずーっと厨二病なのかもしれないなって、書きながら思いました。

でも、こういう思いや自分の根幹にある熱い原動力を

「厨二病だね」ってマイナスに嘲笑ってしまう現代の風潮をぼくは嫌だなと思うし、

別にまあなんと言われてもマジなのでどうでも良いよね。

 

自分の想像しうる「最高の自分」になった結果

そんな訳で「ドラマチック」を求めていたんですけど、

まあいつまで経っても月並みな学生生活は続く訳です。

楽しかったよ。楽しかったけど、なんかこう、違うんだよ!!

 

そこでぼくは「とりあえず自分で非日常を呼ぶこむしかねえな」と考えます。

今までそれなりに生活してそれなりの日常だったことから逆算し、

「とりあえず主人公みたいな状態になるのが手っ取り早いな」と思いつきます。

 

生徒会長になり、テストで総合学年一位をとり、国語に関しては全国1位。

それを「勉強してなさそう」なキャラで達成しました(主人公っぽくない?)

ギター弾いてたしボーカルもやってたし、もうこれ主人公じゃないですか?

 

理想と現実のギャップ

まあ結論から言うと、

そんなことしても何も変わらなかった。

学校側から「◯◯大学受験して」ってうざいほどタカられただけ。

「すごい!どうやったらできるようになるの?」とか「教えて!」とか

大した努力もしてない連中に言われるようになっただけ。

 

何か変わるだろうかと期待していただけに落胆も大きかったです。

しかも全くモテない。ふざけんな。

 

クソおもんない大人になった

そんな訳で期待していたような結果は出ず「こんなもんか」と。

もともとナマケモノなのでそこで嫌になって大学受験もしませんでした。

「音楽好きだし専門学校行こう」と推薦入学。

とっとと東京に出て、そこでドラマを見出そうと考えました。

 

はじめての1人暮らし、夜の散歩を始める

知らない土地でのはじめての1人暮らし。

全てが新鮮で、楽しくて、色鮮やかに映るような気がしました。

朝も昼も夜も、全部が新品でした。

 

この最初の1人暮らしの街「八王子みなみ野」でぼくは夜の散歩をはじめ、

それが未だに続く自分のコントロールの方法になっています。

 

「どうして東京での生活はこんなにも非日常的なのか」と考えた時に、

場所が問題なのではなくて「新しい体験かどうか」が全てだと気づきました。

非日常を形成するのは、新体験なのだ!!と。

 

一人暮らしで日々出てくる新しい問題や気付き、外を歩けば少しずつ広がっていく知見。

実際に、新しい体験ばかりのこの日々は最高にドラマチックでした。

問題はいつかは慣れてしまうと言うことですね。

 

一歩も進んでいない自分に嫌気がさした

やがて会社員として働くようになって数年が経つと仕事に慣れました。

余計なエネルギーを使わなくても仕事を回せるようになり、楽になり、給料も増えます。

コツを覚えてしまったら途端にイージーモードに突入しました。

日常生活の7〜8割を締める「仕事」に対して、やりがいも面白さも徐々に薄れていくといよいよ持ってドラマチックな生活とは真反対です。

「安定」と「慣れ」にしっかりと固定された「同じような毎日」が続きます。

 

それでも楽しいんですよ。

ちっとも嫌ではないんですけど、「こんなんでいいのかなあ」と思うことは増えます。

どんどん歳をとるだけで、自分の中に何も蓄積していないような気持ちになりました。

 

「君の名は」で一躍有名になった新海誠監督の過去作に「秒速御センチメートル」って名作があります。

そこでこんなセリフが出てくるんです。

「この数年間とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて、それが具体的に何を指すのかも、ほとんど脅迫的とも言えるようなその思いがどこから湧いてくるのかもわからずに、僕はただ働き続け、気付けば日々弾力を失っていく心がひたすらつらかった。そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実であった思いがきれいに失われていることに僕は気付き、もう限界だと知ったとき、会社を辞めた。」(引用:秒速5センチメートル)

 

「かつてあれほどまでに真剣で切実であった思いがきれいに失われていることに僕は気付き」

ぼくもいつか「ドラマチックな人生を送りたい」という思いすら失い、

大した予定もない休日を楽しみに淡々と仕事をするようになるのかな・・・。

そんな恐怖を感じるようになりました。

 

「ドラマチック」の構成式

ぼくが思うに、ドラマチックの構成式ってこんな感じ。

  • 知ってる場所+知らない人
  • 知らない場所+知ってる人
  • 知らない場所+知らない人

下にいくほどドラマチック度合いが強くなります。

 

「何にも知らない、誰も知らない」っていう環境は最高にドラマチック。

だから一人旅は刺激的で楽しくて記憶にも鮮明に残るんでしょうね。

 

ドラマチックに生きるために

ここで重要となるのはドラマチックの持続性。

  • 知らない場所+知らない人

毎月新しい場所で生きていれば確かにドラマチックは持続します。

居候男子なんてまさにこのロールモデルだなと。

@ayumukizu (最高にイケてる)

 

ドラマチックに生きるためには、知らない場所にいくべきだし、知らない人に会うべきです。

ようやくそのことに気が付きました。

テキトーに散歩して道端で出会ったおばあちゃんと談笑するだけでも、

ぼくはとてもドラマチックだと思います。そういうのを増やしていきたい。

別に遠くの国へ行く必要もなければ、偉大な誰かに会う必要もない。

 

ぼくは魔法も使えないし、鍵泥棒にもならないし、首相暗殺事件の犯人に仕立て上げられたりもしません。

それでも、新しい場所、人、体験を通じて自分の人生にドラマをもたらしたい。

そうすることができると今は確信しています。

 

 

今年のぼく、めちゃくちゃドラマチックですよ。

4月に大手会社の出世コースから降りて独立。

初対面の友達と京都旅したり台湾旅行したり。

働きまくって月収7桁達成。

と思ったら仕事なくなるし。

新しいことをやって新しい人に会って新しい場所へ行く。

これが「成長」というものだし、それを続ければずっとドラマチックな毎日は続くんでしょう。

 

 

映画撮れるくらいの濃い日々を送りたい。

まだまだ僕たちはここからだと思います。

 

それでは、また。

 

 




ABOUTこの記事をかいた人

トラベルライター&ブロガー。旅行会社で副店長の順風満帆な生活をぶん投げて、大冒険の日々を送っています。26歳。最近は体型がジャイアンに近付いていることに危機感を感じている。